みかんの木

1月17日(金)~1月19日(日)の間、妻の両親の一周忌のために、妻の出身地である山口へ行ってきました。
今回は、飛行機を利用しました。飛行機に乗っている時間は1時間強ですが、空港へ行くまでの道のりや搭乗手続きの時間を考えると、結構時間がかかります。
法事は、土曜日の午前中に行われたため、前日に山口へ向かいました。

山口には、妻の弟が住んでいるので、当日弟にホテルまで向かいに来て貰い、お寺へ向かいました。
妻の家の菩提寺は、妻が生まれ育った地域の近くにあります。山口の市街地から、車で1時間弱山奥に走ります。都心部とは違い、一つの地域に、いくつかの部落がポツンポツンと点在していて、その部落の中に生活の多くが集約されている様な環境です。

菩提寺は、この地域の中心部のすぐ側にあります。広い境内を抜け、本堂に入ると直ぐに住職のお母様が応対してくれました。温かいほうじ茶を頂きつつ、住職を待ちます。
まだ、30代と思われる若い住職は、とても丁寧な言葉遣いで、僕らを迎い入れて暮れます。僕の家とは宗派は違いますが、この住職とお話しする時間は、心が穏やかになり、優しい暖かな一時を感じる事ができ、とても嬉しい時間です。

僕は、埼玉の住宅地で育ったので、妻が子供の頃に見ていた風景や、慣習とはかなり違います。その分、僕には新鮮に写りますが、この地に生活の拠点があると考えると、なかなか想像ができないな。と言う印象も持ってしまいます。

結婚するまで妻が住んでいた家は、去年消失してしまいましたが、生まれ育った家は、今でも形の残しています。人が住まなくなって20年ほど経っているので、リフォームを行わないと住むことは難しいですが、去年までは、風を入れていたので、踏み抜けてしまうまでは朽ちていない事は嬉しい限りです。

両親と、祖先のお墓はこの家の直ぐ側にあります。細い、山道を登っていくと、ひのき林が見えてきます。妻が子供の頃は、ここで米や野菜を育てていたそうです。山の中の田畑なので、丸くいびつな形をしています。そのため、農機具を入れるには効率的な土地ではありません。少し、大変な土地でも先祖伝来の田畑のお陰で、妻も育つ事ができた訳ですから、本当にありがたい存在です。
山口市内に出てきてからも、暫くこの田畑で農業を続けていたのですが、年齢を加味し、ひのき林へと姿を変えました。

お墓に卒塔婆をたて、線香を焚いて、手を併せます。火事により突然命を失ってしまったため、妻や弟は未だに整理が付かない様な思いで一杯の事でしょう。血縁では無い、僕でさえ、未だにいろいろな事を考えてしまうのですから、二人の心の中を推し量る事は、とてもできそうにありません。

暫く手を併せてから、実家へ降りて来ました。ここで、喪服を脱ぎ、平服に着替えました。幸いにも、この家が残っていてくれたお陰で、着替えもできてしまったので、本当にありがたい限りです。

着替えを済ませ、実家の土地を散策しました。家の前にも畑が2面広がって居ましたが、管理ができなくなってしまったため、草に覆われてしまいました。その様子を見るのは、僕にとっても辛い時間となってしまいました。
田舎から、都市部へ出ていく人が多くなってしまう事は、ある意味致し方の無い事なのだろうと思います。その結果、生まれ育った土地が荒れてしまう事も致し方が無い事なのだろうとは思いますが、現実を目にしてしまうと、やはり寂しい様な、思いにかられてしまいます。
この様な思いを持つ人は、たくさん居られるのでしょうね。

二人は、懐かしそうに家の周りを見回して居ました。僕は、少し離れて、後を追いつつ歩いて行きました。二人は、子供の頃を思い出す様に、様々な話しをしつつ林の中に入り込んで居ました。普段、離れて暮らしていても、姉弟と言うものはこの様な時間を共有できる物ですね。僕は、一人っ子で兄弟の感覚を持ち合わせていないので、想像すら難しいですが、良いものだな。と思いつつ、二人を見て居ました。

家の裏手に回ってみると、たくさんの実をつけたみかんの木を発見しました。去年までは、義父で収穫し、我が家に送ってくれていたみかんです。
小さなみかんがたくさん実っています。去年まで、義父が世話をしていてくれたので、肥料も十分与えられ、たくさんの実をつけて居ました。
みかんは、実を残してしまうと、翌年の実成が悪くなる。と妻が教えて暮れました。本来であれば、鳥が食べる分を残し、全て収穫し、お礼肥を与え、適当に剪定する必要があります。
妻の話しでは、お礼肥さえあげれば、剪定が十分ではなくても、来年も実をつけるはず。と言う事でした。

脚立を立て掛け、採れるだけの実をもいで行きます。みかんの木にも棘があるため、皮に傷が付いている実は直ぐに悪くなってしまいます。選別をしながら、傷が無い物を袋に入れていきます。
30分ほど、みかんの収穫をしましたが、1/10も採れていない位、たくさんの実をつけて居ました。

思いがけない、お土産物を確保し、埼玉に帰ってきました。早速、義父と義母の遺影の前にみかんを捧げで、手を併せました。
小ぶりで、ジュースが一杯のみかん。自然な甘みが、口の中に広がって行きます。とても美味しい。幸せな瞬間です。
人の手が入っている。そう言う甘みです。自然にここまで育つ事はありません。義父の愛情を感じつつ、この甘味を味わいます。

せっかくのみかんの木。義父や義母が行なっていた様にも行かなくても、手をかけて挙げないともったいないよね。僕ら夫婦の意見は直ぐに一致しました。
二人共忙しいし、僕の体調もどの程度許されるのかは分かりませんが、時間を作ってみかんの木の世話をしに、山口へ行こう。

今年の目標ができました。

故郷を後にして、都心部へ出てきた人はたくさん居ると思います。様々な都合もあって、思うように実家に帰る事ができない人も大勢いると思います。
僕ら夫婦にとっても、顔を見せに行く相手を一気に失い、法事くらいしか実家に戻る理由が無くなってしまい、なんとなく寂しい思いを感じていましたが、みかんの木を守りに行くと言う、明るい、前抜きな目標を見出す事ができた事は、とても嬉しい発見だったと思います。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする